長所は消えて短所だけが残った儒教文化の悪影響を浄化する

前回の記事 に引き続き、、、

ネットでこの記事を読みました。

米有名作家「韓国は世界で最も憂鬱な国」…原因は合宿、競争、儒教

主旨は、「現代韓国は世界で最も憂鬱な国」として、その理由を分析したもの。

なかなか鋭い視点で、共感する点が多々ありました。

その中で、特に私が「仰る通り」と思ったのは、以下のくだり。

さらに「長所は消えて短所だけが残った儒教文化が根深いことも社会的孤立と孤独を深めた」と診断し、個人の失敗が集団の数値と直結する雰囲気、上司が家に帰った後にやっと帰れる職場の文化などを例に挙げた。

「長所は消えて短所だけが残った儒教文化」とは、言い得て妙。

というか、もともと私は、現代韓国と現代日本に残っている「儒教文化の影響」は、「孔子」という人が説いた本来の儒教思想とは「似ても似つかない偽物であると、以前から思っています

だから、韓国と同様に、日本社会にも今でも根強く残る「なんちゃって儒教」の悪影響を、内心忌々しく思っている

念のためにお断りしておきます、私は孔子の教えそのものには深く共鳴しています。

ただ、現在韓国や日本で残っている儒教思想は、本来の孔子の思想ではないと思っているだけ。

この記事では、その部分を掘り下げてみたいと思います。

孔子とは

孔子とは西洋では Confucius と呼ばれるアッセンダント・マスターの一人。

聖人とされている中国の思想家です。

私が観察したところ、彼の思考はゆうに9次元~13次元を超えている。

彼の思考内容を「適切に」解釈しうるためには、自分もその次元で思考することが求められる。

よって、彼の思考内容を「適切に解釈しうる人間」は、ほとんどいない、ことになります。

次元が違えば思考回路が逆になる

イエス・キリストの言葉もそうなのですが、孔子が残した(と言われる)言葉は、お弟子さんたちによって様々「改定」されてきた歴史があります。

つまり、9次元以上の思考回路を持たない人たちが、「自分たちに理解できる内容に」創り替えてしまった。

だから、胡散臭いんです。

本当の解釈

例えば、孔子の言葉の一つにこういうものがあります。

定公問、君使臣、臣事君、如之何。孔子対曰、君使臣以礼、臣事君以忠。君、臣を使うに礼を以(もっ)てし、臣、君に事えるに忠をもってす。

多くの書物において、この言葉は、「君主は礼儀をもって家臣を扱い、家臣は忠義をもって君主に仕えるべき」と解釈されています。

というか、これが3次元の思考回路

「家臣は忠義をもって君主に仕えるべき」なんて、孔子が本当に説いたとは、私には到底思えない。

仮に、5次元以上の思考回路でこの言葉を解釈するとどうなるか:

「家臣は上司に仕える際に、常に己(自分)に忠実であることを忘れてはならない。上司は、家臣の自由意志を阻害しないよう、礼節を弁えて家臣に接しなければならない」

2人の人間の間に「上下関係」があるとき、下の立場にある者は、どうしても上の立場にある者の言う事が「自分よりも正しい」ことのように思えてしまい、「自分にとっての正解」をないがしろにしてしまう。

そうならないよう、常に「己に忠実で」ありなさい。

そして、上の立場にある者は、つい下の立場にある者を自分の思い通りに動かそうとしてしまう。

相手の人格を尊重し、自由意志を阻害しないよう、節度を弁えて接しなさい。

こう説いたわけです。

「常に己に忠実に」とは、シェークスピアのハムレットにも出てくる名言の一つ。

「ハムレット」は中世デンマークの王宮を舞台にした物語。

古今東西の古典をひも解けば、これと同様の名言は至るところに見つかります。

「家臣」として他者に仕える以上、「常に己に忠実に」とは、太古の昔から人類に共通する普遍的真理の一つなのです。

ここで、以前もご紹介した私のエピソードを一つシェアします。

私には以前、「先生」と慕っていた人がいました。

私が左手首にタトゥーを入れると言ったとき、先生は反対しました。

「人目につくところにタトゥーを入れると、人の何倍も努力しないと幸せになれなくなるからやめろ」

これを聞いた時、私の中には「すんなり」と受け入れられない「何か」が生じた

そこで、一人キリになったとき、じっくりと自分と向き合ったわけです。

「先生はあぁ言ったけど、あれは先生にとっての真実。私にとっての真実である必要はない。私は私。これは私の人生なんだから、自分の責任でやりたいようにやろう」

そう決めて、さっさとタトゥーを入れてしまいました

これが、「常に己に忠実に」ということ。

私の人生の主(あるじ)は、常に私です。

その主(あるじ)の意思を聞かず、他者(先生や上司)の言う事に従っているとは何事か。

自分が先生や上司の言う事に100%同意できていれば問題はない。

でも、自分の意志と彼らの意志が食い違ったとき、従うべきは常に「己の声」です。

そして、その結果はすべて自分で引き受ける

そのようにして、人は自立していきます。

歪められた儒教の教え

3次元思考によって引きずり降ろされ歪められる以前の「儒教思想」は、気高く尊いものです。

でも、現代の韓国と日本には、歪んで地に堕ちた「べきべき」「ねばならない」ばかりが残っている。

子供が自分の足で自分の人生を生きようとしているのに、それを「わがまま」と言って批判する親たち。

一人ひとりの自己実現を後回しにし、常に他者や全体を優先するように教える世間。

他の子は泣いていないのに、一人だけ泣いているあなたは恥ずかしいと、子供に教える親。

こんな歪んだ教えを叩き込まれて、韓国と日本の自殺率の高さが、その国の憂鬱度を物語っています。

この悪影響を浄化していく作業がまずは急務。

こういう記事を書くのも浄化作業の一環。

一人でも多くの方が、なんちゃって儒教の悪影響を手放せることを願ってやみません。

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